思考の外側の話

■宇宙とか世界とかの話ともゆう

兎に角「自分」を生きるのであるが、よく聞くのが、新しい世界は「自分」とか「我々」とか、今生きる存在「ではなく」、次の存在が作る(造る、創る)のであるということ。


私が頭を使って考えれば考えるほど、はい、なるほど発見やアイデアは思いつくだろうが、未知の領域が手垢で汚れるだけともいえる。


私はかねがね宇宙の果てに憧れるのであるが、その夢が叶ったとして、宇宙の果てに頭を突っ込んだ時点で、そこは果てではなく、既知の宇宙プラス俺の頭となり、果てはまたその先となる。


不可能なのだ。


不可能を思いしり、はてブを借り、文字を打ち込む。

不可能なことを、思い、文字に落とし込む。

とカッコよく言ってるが、低い次元にて、こねくりまわしているだけ。


■世の中の人々

私はこうしてこねくりまわして退屈しているわけだが、しっかりこねる人は、観察し、体感し、蓄積し、成果として知識知恵として後世に繋いでいく。

わたくしは、宇宙の歴史のなかに、いま、こうして、ほんの暇つぶしで、存在したのです。

ナニをどうのこうのしたわけでもなく。


■それでも気になる、宇宙の果て

それでも気になる。

宇宙の果てを、突き抜けたい。

心も身体もいらない。

何にもいらない。

(じゃあ果てかどうかもわからないじゃん)

そう。

だ け れ ど も、

突き抜けたい。

突き抜けてる風(ふう)になりたい。

光だ粒子だ波動だ。


なんかじゃなく。

真空でも虚無でもない。

そんなんじゃない。

そんなもんじゃあない。

が、

何かってもんでもありゃしない。


■こねくりまわす人生だ

そういうわけで、そんな人生です。


不可能。だが。


不可能。を抱き、なにかしら期待する。したい。


宇宙の果てを旅することが、出来そうな気がするのさ。


我ながら矛盾しているのは承知している。


不可能。なら、そこに矛盾。をぶちこむ。


こねくりまわすしかない。

こねくりまわしてやる。

こねくり使命である。

こねくり。

こねり。

こね。

こ。





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