性別の多様性の中にも多様性がある(と思う)話

■エルジービーティーなど

心と身体にズレがあったり、同性婚があったり、最近では複数愛なんてのも主張され、世間に知られるようになった。

少数派が表舞台に立てなかった時代から比べれば、徐々にではあるが意見が言えるようになった今は変化が訪れているのかもしれない。

(偏見や思い込みは依然あったとしても)


■しかし人間だもの

同性結婚したのち、色々あって離婚したという話も聞くのである。

人間だもの、仕方ない。

性別の不一致もあるのだという人間のあり方の多様性のなかに、そういった少数派同士が惹かれ合い、時として別れる という、人間関係のあり方の多様性もあるのだということ。

少数派は得てして、しっかりものでなければならない、その道を貫かなくてはならない、そんな期待のような、宿命のようなものがあるのではないかという思い込みをわたくしはつい持ってしまいがち。

いかんいかん。

少数派とて、一個人である。

また、多数派も、それぞれはまた、一個人である。


■多様性のなかの多様性のなかの多様性のなかの、、、

いつもの入れ子構造、無限ループに陥る思考回路でありますが、ま、みんなぐわんばろーってことを思いつつ、眠りたいと思います。


では、皆さまも、おやすみなさいませ。

いい夢を!

そしていい目覚めを!